薬王寺の歴史
薬王寺の古文書によりますと、基は真言宗にして、奈良平安朝以来千数百年、薬師瑠璃光如来を本尊として崇拝し、後世、寛文元年(1661)に曹洞宗(禅宗)開山久山秀天大和尚により改宗したとされます。
寺紋は三つ葉葵と成っており、徳川家と縁があったお寺です。残念ですが、天保3辰、正月の火事により(御本尊、幾つかの仏像を除き)伽藍全てが焼失した為、詳しくは解っておりません。又、旧在家塚小学校発祥の地とされています。
御本尊 (薬師瑠璃光如来)
薬王寺の由来と成っている如来様です。大医王とも呼ばれ、東方瑠璃光浄土の教主で仏教における医療と健康の守護仏です。今を生きる人々の病気の治癒や健康維持、心の苦しみを助けてくれる現世利益の仏様とされております。
薬王寺は、薬師三尊をお祀りしております。日光菩薩・月光菩薩・十二神将が常にお薬師様をお守りしております。
毎年2月11日に薬師瑠璃光如来祈祷大祭(笑薬祭り)が行われています。
日光菩薩
薬師如来の脇侍、太陽の如く光を照らし、苦しみの闇を消すと言われています。
月光菩薩
薬師如来の脇侍、月の光のような優しい慈しみの心で煩悩を消すと言われています。
十二神将
お薬師様の世界とそれを信仰する人々を守る大将、12の時、12の方角、12の月を守るとされており、12支と関わりが有ります。又、かく神将には7千の配下がおり、合わせると8万4千の眷属が、お薬師さまの法力を手助けすると言われています。
曹洞宗の教え

曹洞宗は禅宗の中のひとつの宗派です
お釈迦様が誕生されたのは紀元前463年頃、達磨(ダルマ)様がインドから中国へ禅を伝えたのが5世紀前半、道元禅師が中国から帰り、日本に曹洞宗を伝えたのが1227年と言われております。
本山は、道元禅師が開いた福井県の永平寺と宝山禅師が開いた横浜市鶴見区の総持寺があり、お釈迦さまを「仏」とし、道元禅師、宝山禅師を両祖とし「一仏両祖」とおまつりしています。お釈迦様の教えである「正法」を伝える宗派であり、いつでも「南無釈迦牟尼仏」とお唱えします
宗 旨
曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。
そして坐禅の精神による行住坐臥(「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活すべてを指します。)の生活に安住し、お互いに安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというのです。


教 義
私たちが人間として生を得るということは、仏さまと同じ心、「仏心」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師はおっしゃっておられます。
「仏心」には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他人への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。
お釈迦さま、道元禅師、瑩山禅師の「教え」を信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある「仏の姿」が明らかとなります。日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえましょう。
薬王寺と御詠歌

ご詠歌
ご詠歌(ごえいか)とは、日本仏教において伝わる宗教的な仏教の教えを五・七・五・七・七の和歌と成し、旋律=曲に乗せて唱えるものです。宗派などにより、多岐にわたる流派が存在しており、曹洞宗では「梅花流詠讃」という流派のご詠歌がございます。真言宗から輸入するかたちで始まり、約50年ほどの歴史があります。道元禅師が愛されていた梅の花にちなんで、梅花流と名乗るようになったといわれております。
梅花流
お釈迦さま・両祖さま(道元さま・瑩山さま)を讃え、ご先祖さまを敬うこころを唱えます。その歌は日本の風土と暮らしの中で生まれたメロディーです。やさしく穏やかな曲で、唱えやすく安らかなこころが生まれ、新たな感動がわいてきます。
左手で鈴、右手で鉦を打ちながらお唱えします。
当寺でも曹洞宗の教えに習い、仏事の際に梅花流詠讃をお唱えしております
